時をかける少女

ドンパパ原田知世さんって、根拠のない高級感・お文化臭で自分を売り続ける女の筆頭だと思うんです。このウサン臭さが、ウサンどころかウン臭いなんて俗ネタにもつながるんでしょうね。ちょっといい気味だったり…。

そんな知世の映画デビュー作にしていまだ超えられぬ本人の代名詞が『時をかける少女』なんですが、今、最新のアニメ版映画が絶賛公開中です。
絶賛つうても、東京ではテアトル新宿のみの上映ですけど。ちょっと前に『ヨコハマ・メリー』を星屑スキャット三姉妹のライブ付きで観たばっかりの劇場だけに愛着がわきます。

多分、この夏の国産アニメ映画、「露出度と広告費」は

ゲド戦記>ブレイブ・ストーリー>>時をかける少女

ですが、「デキの良さ」はこれがまるっと逆転してそう(ほか二つ見てないけど)。

アニメ版『時をかける少女』、すごーく良かったです。

あんなに、みずみずしいアニメ映画ってそうそうない。いわゆるキャンプなひねた喜び方はあまりできないんだけど、たまにはそういうの忘れるのもいいなと思えるくらい、真っ当に清清しい青春アニメでした。
まっすぐな恋。前を向いて走れ。
あー心が洗われたわー(洗っても洗っても落ちない汚れが…)。

tokikake.jpg

最後のACE

7/1は二丁目を代表するクラブ、ACEのファイナルパーティでした。

思えばUPPER CAMPはBar Delight~ACEとともにありました。
パソコン通信ネットUCのオフ会会場として借りたのが94年。
"CAMP '94"で、ブルボンヌやエスムラルダ、サセコはデビューしました。正確にはまだ女装名はなかったけど。
当事はまだあのマーガレットさえドラァグ・ネームというものがない時代で、「こんばんわ、小倉東です」なんて言ってゲスト出演してくれてました。男やん。

その後、毎年周年パーティをやるうちにUCはいつの間にかパソ通ネットから女装サークルになってしまいました。それもお笑い寄り。多分、生存本能に長けていて、自然とニッチなポジションを見つけたんでしょうね。

ACEになってからは隔月の定例イベント"CAMPY!"を開始。
ここでUPPER CAMPという女装ノリの全てができあがりました。
笑わせ系のショウ連発、へんてこテーマ&フライヤー、女装演劇、などなど…好き放題やってたなぁ。今思うとあれはクラブイベントとは言えなかったかもしれませんが、自分がやりたいことを全部やらせてもらったハコでした。

そして、自らオーガナイズし、脚本を作り、出演するという作業の繰り返しに息切れがしだして(女装アバレもあったし)、"さよならCAMPY!"をやることに。小石川が作ってくれたフライヤーは女装全員が死んでいるお葬式写真でした。
最後のショウタイムの後のMCで、ブルボンヌが「今日でCAMPY!は最後ですけど、こうしていろんな表現を作らせてもらって本当に楽しかった。ゲイは子供が作れないけど、その分、ほかのものをいっぱい作って与えていけるんだと思います」といつになくマジメに語った時に、ACEを作ったアキさんがひときわデカい声で「そうだ!」と答えてくれました。

レインボー祭りとその花火を生み出してくれたのもアキさん。自分はアキさんときちんと長話をしたことは一度もなかったけれど、本当に彼にいただいたものは大きかったと思います。


ACEは、二丁目に常設クラブを作りたいと思った、人一倍、夢と実現力を持ったアキさんが残したゲイ文化の玉手箱、強烈にゲイ魂のこもった場でした。
もちろん、ArcHにもその意志は引き継がれるものと信じていますが、その直系の空間が今夜終わってしまうというのは、本当にいろんな意味で感慨深いものがあります。

アキさん、まっちー、たつや、スタッフの皆さん、お疲れ様、ありがとうございました。

ace1.jpg

ace2.jpg

ママ in NLGR

名古屋出張から帰ってきました。

ブハー疲れた。ゆうべは気づいたら12時間も寝ちゃってたほど。
4泊ずっとマツコ・デラックスと同じ部屋だったんで、エアコン18度攻撃とUMA鳴き声風イビキ攻撃でぐっすり寝てなかったせいだと思います。まあ、エスムラルダと3人で、毎晩睡眠時間を削ってゲイシーンや女装について語ってたのも大きいんですけど。


実は、出発の直前に、メッセンジャーで岐阜在住のママから「何してんの?」と来たので、「名古屋出張の準備。名古屋でゲイのイベントがあるの。なんなら来る?」と送ったら「イクイク!(カタカナじゃない)」と言うので、NLGR公式ブログのHPを貼り付けておきました。これで話が済む57歳って楽だわ。

約束通り、日曜の3時頃にバディブースのあたりにいたら、ママが現れました。
そのちょっと前には、ステージでは笹野みちるさんなどの感動的なライブをやってたんですが、偶然にもママ到着時は、趣味系女装の皆さんが縄で縛られムチで叩かれ「あぎい~」と奇声を発しているという出し物だったので、「母親にゲイイベントを初体験させるには、素晴らしくキワのワンシーンだなぁ」と感慨を覚えました。

ついでにもっとキワを見せてやろう、と思い、ブースの中で女装牢名主のように座っていた素顔のマツコを紹介。期待通り「おっ母さんスッテキ! わっかい!」とオネエ接客で食いつきまくってくれたので、ブースで売ってたマツコ著作の『週刊女装リターンズ』を買って、「由紀さんへ」とサイン入りでママにプレゼントしました。さらに、毎月作っているバディ本誌もついにプレゼント。前回の帰省の際には、自分のロングインタビューが載っていて、なおかつ、誌面は上半身な記事の多い『クィア・ジャパン・リターンズ vol.0』だけを渡していたので、バディ本誌は内容的にグンとドギツくなります。たまたまゲイビデオ大特集の号だし。一応「8割がたエロだけど、商売も大事だからね。お母さんも水商売だったんだから分かるだろう!」と念押ししてみました。


その後は、会場を廻りながら、業界知人友人の皆様をご紹介。マツコ・クミちゃん・Junchanとたて続けに「元同僚の~」という紹介だったので、「なんでみんな辞めちゃうのぉ?」と何度も聞かれて困りました。「い、いろいろあんの!」とあせる息子さん。エスムラルダとべーすけさんは、『クィア・ジャパン~』を熟読していたおかげで、ママのほうも知っていてうれしそうでした。そしてちゃんとテラ出版社長にもご紹介。

せっかくだからと、ステージで始まった、G.O.RevolutionのQUEENフレディ・ショーやべーすけさんのピアノ漫談、そして同性結婚式を一緒に鑑賞。フレディやピアノ漫談はかなり喜んでたようだし、結婚式みたいな厳かなのもまた別の一面として観ておいてもらって良かったと思います。
観終わったら、ママは一人で「じゃあねー!」とタクってさっさと帰って行きました。8月の東京パレードも観に来る気マンマン。カミングアウト半年後なのに見事な順応ぶりで、我が母ながら誇らしいババアです。



ただ、公園で座りながらゲイについていろいろ話していた時に、今回も「でも、どうしてそうなっちゃうんだろうねえ」と聞かれたので、「うーん、科学雑誌とかに載ってたこともあるけど、ハッキリとは分かんないし、生まれつきだと思うよ。多分、後天的じゃないから」と答えました。
「環境じゃないの?」と言うので「育て方や環境で変わるのは、むしろ、自分がそうであるという事実に対してどう振る舞うかのほう。だから、保守的な環境で、本当の自分を見せられずに、ゲイを必要以上に気持ち悪いって言ったりする人に育ったりするほうがずっとつらいことなんだよ」と答えました。

由紀ママと、東京のママおまこと、周りのステキな人達のおかげで、本当に幸せに生きられるように育てられてきたんですよ。

mamainnlgr.jpg
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ