2005年03月

ブル・タックス 糸冬

最後のブル・タックスを終えてきました。
週1回で、(ズル)休みも多かったとはいえ、8年の間ずっと続けてきたことなので、なんだかまだ終わったという実感がなくてちょっと不思議な気分です。しばらく、火曜日になると何かがザワザワしたりするのかねぇ。ハッと気づいたら、マドラーで自分のお尻をかき混ぜていたりしたらどうしよう…(正気でもやりそう)。

ちなみに事前に「ノブが女装で入る」と言っていたのを、GASのノブエママが特別に入るのだとカン違いされた方がいたようです。いくらなんでもそんな大先輩かつ女装著作権問題で揉めているママをあごで使えるわけがありません。前から毎週入っているデブのノブちゃんが、今日は、ロスで夢破れて今は郊外の薄汚いバーでグチりながら働いているが、時々レスラー風のトラック運転手とデキてしまい、その度に情と体が重すぎて捨てられてしまうノースダコタ州出身の女風(長い)の女装でがんばってくれました。

さすがに最後だ最後だとしつこく日記などでアピールしたおかげか、本当にたくさんの方に来ていただけました。元からの火曜タックス常連さんから、昔ながらの女装仲間までどっさり、平日にわざわざ顔を出してもらえました。うれしかった、そしてありがたかったです。ブルってそうしたことにちっとも感謝してなさそうに見えますが、本当はすごく感謝してるんですよぉ。(やっぱり嘘くさい…)


実は自分、自慢にもなりませんが、バディ編集部(不良社員)もおまことの同居(ババア二人身の寄せ合い)もUPPER CAMP(首の皮一枚)も、なんでもしぶとい人です。その全部がしっかりしていない、というのもすごいですけど。タックスもやっぱり休み多いわ、店の20周年にすら寝坊して不参加だわで、全然しっかりしてませんでしたが、長さだけはスタッフ史上一番だったようです。
多分、「関係」が終わってしまうことに臆病で、ズルズル続けてしまうんでしょうね。と書くとなんか悪いことみたいですけど、すぐに何でも切ってしまうよりいいじゃん、と思ってます。やっぱり、時間でこそ育つ気持ちとかつながりもあると思うので。

8年もやってると、パソ通ネットのUC-GALOPのメンバーが多かった時期から、女装集団中心の時期、ホームパーティやらでの仲良しがよく来てくれた時期、みたいに、客層の主軸も移り変わるわけですが、それはそれで有意義な変化だったと思います。おかげでいろんな人達といろんな交流ができました。色の交流だけは恐ろしく無かったってのも、逆にめんどくさくなくて良かったと思います。負け惜しみじゃないわよ!

ちなみに朝6時、8年間のブル・タックスの最後の最後に帰った客は…
マツコ・デラックスさんでした。←オチ


よく来てくれた方もちょっぴり来てくれた方も、ブル・タックスに来てくれた皆さん、本当にありがとうございました。
今後はミセコではない、ただのゲイ出版社員…時々女装ショウや変態セックスをする、ごく普通のゲイに戻りまーす。

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ほくほくホモレズ誕生会

日曜日は、仲良しの多動児・細谷と、レズ兄貴・ゆきさんの誕生日を何人かで祝いました。

お祝い自体は、まあ何時間もずっと「おめでとう。ほんと、おめでとう。ほんと、アナタおめでたい!」とか言い続けてるわけにもいかないので、お祝いがてら、歓談したりゲームしたりってかんじですが。(一部で熱い狼人間ゲームもまたやった)

ケーキのロウソクに火をつけて、歌を歌って、吹き消してプレゼントあげてー、とまあベタベタなかんじでしたが、二人とも照れくさそうでかわいかった。とくに細谷がずっと「こんなの初めてー」なんてキャッキャはしゃいでいたのが印象的でした。

こういう照れくさいけどうれしい気持ちを、順繰り交換していくのって、すごくよくなーい?(投げかけ)


京都でメンタルヘルスな日高さんとも話したんですが、アメリカで5000人対象、9年の追跡調査ありというしっかりした研究で、「孤独な人の死亡率は高い」という結果が出てるそうです。この場合の孤独さってのは、挨拶友達が多いかとかじゃなく(アタシのことか)、本音で話せる相手、心から親しめる相手など、より量より質を重要視したものだそうです。

オカマの場合、カミングアウト問題も含めて「自分をさらけ出す」ことに、ノンケより一歩出遅れる環境になりやすいでしょうし、血縁的な家族を作りにくいということから、必然的に長年そばに暮らすことで情がわく集団も得にくい。

だからこそ、これからの時代のオカマは、心を許せる大切な人々を、自覚的に意識的に育てていかなくちゃいけないんじゃないかなーと思ってます。

みんな、血ではなく、心で家族を作るのよ!

泣ける伊右衛門

WOWOWで撮っといた『嗤う伊右衛門』を観ました。
「嗤う」って女性誌ぽくてかなりお気に入りの単語なんですが、これは泣ける映画でした。

美しくて切ないラストシーンに、「うっ…はうっ」とか声をあげながら涙をビュービュー発射(キモめ)。こういう勢いある泣きができる映画は久々です。
良かった。ほぅ…(余韻)。

美醜とか孤独感とか狂気とか、ツボなテーマが濃縮されて詰まってました。斬られた女の乳からミルクが垂れる、みたいなエグめ演出も好みです。


「醜い見た目と美しい心」って、昔から繰り返し語られるネタですよね。そういや、こないだ観てきた『オペラ座の怪人』もそう。(こっちは王道すぎて、さして心に残らない映画でしたが。)

でも、光浦が力説してた「美人は性格もかわいらしく、ブスは心もブスになりやすい」というのも、それなりに説得力があると思います。
実際、自分の知人にも、顔も性格も本当にかわいらしいお嬢様系ゲイっていて、そういうの見てると、ムカつく…じゃなかった、ポジティブなオーラに包まれて健やかに育ったのだろうなーというのがよく分かる。
逆にブスは、周囲からのネガティブなオーラに対し、卑屈になるにせよ戦略的になるにせよ、道のりは険しいわけで、まっすぐにはなりにくい。裏を返せば、まっすぐに性格の良いブスは、頭が悪いってことです(ヒドイ)。

自分はただの愛らしいお嬢よりも、曲がりくねった道を乗り越えたブス、たとえば内館牧子などに、より楽しませてもらっていると感じるので、個人的には「屈折した末に、根性で得るものを得たブス」を応援したい気持ちです。
まあ、圧倒的にシンパシー感じるしな。
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