2006年06月

ママ in NLGR

名古屋出張から帰ってきました。

ブハー疲れた。ゆうべは気づいたら12時間も寝ちゃってたほど。
4泊ずっとマツコ・デラックスと同じ部屋だったんで、エアコン18度攻撃とUMA鳴き声風イビキ攻撃でぐっすり寝てなかったせいだと思います。まあ、エスムラルダと3人で、毎晩睡眠時間を削ってゲイシーンや女装について語ってたのも大きいんですけど。


実は、出発の直前に、メッセンジャーで岐阜在住のママから「何してんの?」と来たので、「名古屋出張の準備。名古屋でゲイのイベントがあるの。なんなら来る?」と送ったら「イクイク!(カタカナじゃない)」と言うので、NLGR公式ブログのHPを貼り付けておきました。これで話が済む57歳って楽だわ。

約束通り、日曜の3時頃にバディブースのあたりにいたら、ママが現れました。
そのちょっと前には、ステージでは笹野みちるさんなどの感動的なライブをやってたんですが、偶然にもママ到着時は、趣味系女装の皆さんが縄で縛られムチで叩かれ「あぎい~」と奇声を発しているという出し物だったので、「母親にゲイイベントを初体験させるには、素晴らしくキワのワンシーンだなぁ」と感慨を覚えました。

ついでにもっとキワを見せてやろう、と思い、ブースの中で女装牢名主のように座っていた素顔のマツコを紹介。期待通り「おっ母さんスッテキ! わっかい!」とオネエ接客で食いつきまくってくれたので、ブースで売ってたマツコ著作の『週刊女装リターンズ』を買って、「由紀さんへ」とサイン入りでママにプレゼントしました。さらに、毎月作っているバディ本誌もついにプレゼント。前回の帰省の際には、自分のロングインタビューが載っていて、なおかつ、誌面は上半身な記事の多い『クィア・ジャパン・リターンズ vol.0』だけを渡していたので、バディ本誌は内容的にグンとドギツくなります。たまたまゲイビデオ大特集の号だし。一応「8割がたエロだけど、商売も大事だからね。お母さんも水商売だったんだから分かるだろう!」と念押ししてみました。


その後は、会場を廻りながら、業界知人友人の皆様をご紹介。マツコ・クミちゃん・Junchanとたて続けに「元同僚の~」という紹介だったので、「なんでみんな辞めちゃうのぉ?」と何度も聞かれて困りました。「い、いろいろあんの!」とあせる息子さん。エスムラルダとべーすけさんは、『クィア・ジャパン~』を熟読していたおかげで、ママのほうも知っていてうれしそうでした。そしてちゃんとテラ出版社長にもご紹介。

せっかくだからと、ステージで始まった、G.O.RevolutionのQUEENフレディ・ショーやべーすけさんのピアノ漫談、そして同性結婚式を一緒に鑑賞。フレディやピアノ漫談はかなり喜んでたようだし、結婚式みたいな厳かなのもまた別の一面として観ておいてもらって良かったと思います。
観終わったら、ママは一人で「じゃあねー!」とタクってさっさと帰って行きました。8月の東京パレードも観に来る気マンマン。カミングアウト半年後なのに見事な順応ぶりで、我が母ながら誇らしいババアです。



ただ、公園で座りながらゲイについていろいろ話していた時に、今回も「でも、どうしてそうなっちゃうんだろうねえ」と聞かれたので、「うーん、科学雑誌とかに載ってたこともあるけど、ハッキリとは分かんないし、生まれつきだと思うよ。多分、後天的じゃないから」と答えました。
「環境じゃないの?」と言うので「育て方や環境で変わるのは、むしろ、自分がそうであるという事実に対してどう振る舞うかのほう。だから、保守的な環境で、本当の自分を見せられずに、ゲイを必要以上に気持ち悪いって言ったりする人に育ったりするほうがずっとつらいことなんだよ」と答えました。

由紀ママと、東京のママおまこと、周りのステキな人達のおかげで、本当に幸せに生きられるように育てられてきたんですよ。

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恋バナ

こないだ、仲の良いヤツのつらい恋バナを酒飲みながら聞きました。
かなり長い付き合いなんだけど、今までになく感情むき出しで良かったなぁ。
イヤな方向じゃなく心をさらけ出した状態ってのは、愛らしい姿ですよね。

すぐ隣にノンケカップルとかいるのに、セックスとかチンポとか叫びまくりながら感情を吐露していたので、まあ自分以外にとっては迷惑だったかもしれませんが。


恋愛において、想いが強い側と冷めてる側では、強い側が一般的に「負け」とされるし、自分も言葉としては「アンタ完全に負けてるわ…」と評するんですけど、恋愛の旨みという意味では、それは逆転するんじゃないでしょうか。

冷めてる側は、後ろめたさや申し訳なさや(ぶっちゃけ)面倒臭さは味わえても、それは恋愛らしい豊かな感情とはちょっと違う。
「いくら没頭できてるって言っても、こんなつらい感情はイヤーッ」とその最中は思うのは、経験からも分かるんですが、実際に今たいして恋愛感情が動いてない俺様(クールビューティ)からすると、恋で心がワヤクチャになってる姿は、うらやましくすらあります。
あんなに「つらさ」で乱れられるってことは、その分、次の「幸せ」もバカみたいに謳歌できるはずだもん。


個人の脳内での相対的な感覚でしかない以上、本当の意味での比較はできないのは承知してますが、「たっぷり傷つき悩み泣き、たっぷり喜び癒され笑う」というのはやっぱり人生が「感情と記憶の歴史」である以上、旨みのある有り様ですよね。
ストーリーでも、世に言う名作というのは、たいていこの振り幅がでかいものばかりです。

君が今感じている喪失感は、その分たくさん得られた証。
そうしてどんどん器を大きくしていけば、いつかビックリするような大きなモノがズッポリ入ることでしょう。



昨年あたりから友人知人が続けて亡くなっているんだけど、本当に、もうそんな流れは止まってほしいですよ。みんなマイナスのピークをなんとか乗り切ってくれないかなぁ。

映画と漫画で育ててます(また長文)

元彼ノブが『嫌われ松子の一生』を観に行くというので、喜んで付き合いました。三度目の松子。すっかりトリコです。中谷姐さんの中指炎のコマ~のトリコです(違う)。

観終わってメシを食いながらいろいろ話してたんですが、ノブが「松子が自分に似てて楽しかった。引きこもったり立ち直ったり、あんな風に生きるのがいいね!」みたいなことをケロッと言ったので、ああやっぱり3年半付き合えたヤツだなあと思いました。このふてぶてしく根拠のない強さはちょっと見習いたい。(ちょっとでいい)

自分なんかは、作品の設定・演出として結果的に松子が伝えてるメッセージのポジティブさに大感激はしてるものの、実際にはああはとても生きられない。やーよ、顔殴られたりムショ暮らしするのなんてぇ。(でも全然ありえそうで怖い)


ところで映画批評サイトとかでもいろんなレビューを読んだりしているのだけれど、松子という作品は、そのキャンプ演出といい、意地悪なほどの振り幅で見せるポジティブ哲学といい、自分のセンスと人生観にドンピシャンなため(こういうものすごい作品を自分で作る才能が無いのがくやしくもあるけど)、この映画に対する他人の反応って注目度大だなと思いました。

つまりセンスと哲学が似ている(相当おこがましいわぁ…)以上、自分の本気バージョンのメッセージを正しく受け取ってもらえるかに、かなり重なりそうなんです。
過去に何度か経験している「オタゲイって、個性的な女の人を侮辱して酷い!」とか「ブス記事には本当に傷つきました!」みたいな反応って、まさしく自分の中ではむしろ普通の記事以上に愛を込めて送ったエールなのに「なんで?」と思うんですが、このすれ違いはまさしく、松子の受け止め方にも通じるものなんだなぁと。
まあ、より多くの人に嫌われないように優しい物言いに調節することも仕事によっては必要かもしれませんが、やはり表現哲学を貫くことのほうが自分にとっては重要なので、今後もそのへんはなるたけブレずに生きたいなと思った次第です。
「人を怒らせるのが好き」と言い切るマドンナみたいな強さが欲しい。ついでにあの旦那も財産も欲しい。


とまあ、松子どっぷり週間を送ってるわけですが、他の表現にも触れなければと、深夜にマン喫で、『キーチ!!』を最新刊までまとめ読み。大好きなコミック『ザ・ワールド・イズ・マイン』の新井英樹氏の現行作品。
この人の表現は同じく大好きな楳図かずお大先生とは違って、全っ然オネエセンスではないです。むしろすっげーノンケ男臭い。でも、恐ろしくソウルフルであり革命精神に溢れている人なので、俺様の熱い男の子な面(あったのかよ!)にギュンギュン来るんですよ。世の中の善悪を問い、ネット社会に挑戦的なメッセージを投げかけているという意味では、大人気の『デス・ノート』なんて足元にも及ばないくらい、新井作品は凄まじい高みに達してます。
『キーチ!!』も、序盤はどうなんだろうと思っていたんですが、どんどん『ザ・ワールド~』と同じスケールに話が動いていって、相変わらず胸躍る熱さでした。

やー、世の中には、素晴らしい魂を持って、それをものすごく高水準の表現テクで人に伝えようとしている人がいっぱいいる。本当に惚れ惚れします。


実はこないだの土曜明け方、歌舞伎町のイベントの楽屋で、エスムラルダとなぜか「最近の情報溢れる社会ってさ」なんて半分溶けたメイク(ほぼ趣味女のオッサン)のままで話し込んでたんですが、ホントここ数十年で人間の脳に送り込まれる情報量はエライことになってますよね。
多分、ちょっと昔の農村に住んでた人間なんて、日々のニュースは「戦慄! 村の田吾作、肥溜めにハマる!」とかその程度のことだったわけでしょー。
もう今の、ネットで世界じゅうの個人のつぶやきさえつながってる状態なんて異常事態もいいところ。脳というハードウェアはそう簡単に進化できないのだから、ほぼ確実にデータ量はオーバーフローぎみなのでは。そら、うつにもなるわ。心ない子供も育つわ。

やはり大好きなコミック『魔女』(五十嵐大介)の中のセリフに
「あなたはまだ本を読んではダメ。経験が少ないから。
経験と言葉は同じくらいの量がないと、心のバランスがとれないの」
というようなのがありました。(けっこううろ覚え)

今は玉石混合、それも多分石のほうが圧倒的に多いデータの洪水の中で生きる時代。
いかに不必要なデータをスルーして、たまにある優れた表現をキャッチできるかがキモなんでしょうね。
その上で、生きた人間とやり合ったりの、体で直に感じる経験も積極的に積んでいかないと…。まあそのへんはけっこう得意よ!(絶対、偏った方面)

ヘンに肥料をやり過ぎちゃダメ、たまには陽に当てないとダメ、つうことで、心に大きな花を咲かせてあげたいものですね。アナルローズばっかり咲かせてちゃダメだゾ!(そんなにいねーよ)
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