ゲイイベント

ママ上京の三日間

去年の11月に、34歳にして、こんだけオカマの専門職みたいなので生きてきておいて、ようやくママにカミングアウトしたブルたんなわけですが、ママがそれを受け入れてくれたのは、以前報告した通りです。
そしてそのママが、ゲイプライドな週末に向けて、岐阜から一人で上京してくれました。

<土曜日/パレード当日>

自分はリハや準備があったので、午前中から代々木公園入り。
ママを会場に連れてくるのは、同居人おまこにお願いしておきました。
昼過ぎに無事にママ&おまこのおばさんコンビが到着。準備とかもあったのであんまり付きっきりではいられなかったけれど、可能な限り周辺のゲイ友に紹介しまくりました。
その後、豪雨を経て、パレードが開始。ママはバディフロート隊列の前のほうで、おまこや元彼ノブちゃん、友達のだゐちゃんや、かっちゃん一行に挟まれるカタチで参加しました。

自分は日記に書いた通り、アクシデント対処で必死になっていたので、すぐ近くにいながら、ママの横に並ぶことはついにできなかったけれど、おまこはじめ知り合い達が囲んでくれてるのであまり心配はしなかったかな。つうか、それより心配なことが多すぎたし(苦笑)。
ただ、ピチカート・ファイブの『陽のあたる大通り』は、ゲイにもファンの多いアーティストの、パレードにぴったりの唄であると同時に、個人的にもあの唄を聴きながら落ち着いた気持ちでママと手をつないで歩きたかった、なんて思ってたので、やっぱり雪辱戦はしたいかなぁ…。
それでも終わった後、ママに「ごめんね」って言ったら、笑顔で「お母さんは初めてだから、今までがどんなだったか全然知らないし、今日のだけでもすごく楽しかったよ」と言ってくれました。うれしかった。

夜は、先にホテルに帰っていたママを、ノブと二人で迎えに行って、御苑沿いのラ・ボエムでお食事。いきなり入り口の席にオジコなどのグループがいて「ブルさ~ん」とクネった挨拶をしてもらえました。キレイな内装と、御苑の緑が見える雰囲気の良さに「岐阜にはこんな店はないわー」と喜ぶ田舎発言ママ。次々に入ってくる客がことごとく男二人だったので、「ほらまたオカマだよっ」と数の多さをアピールしておきました。「最近、ちょっと見分け方がわかってきて、岐阜でも『あの二人そうかな』と思うことが多くなってきたよー」とも言ってました。
その後、長年の友達な女子カップルのお店に連れていって、二人を紹介。スナックのママ時代の興奮がよみがえったのか、楽しそうに、別の席のおっさんなどとも話していました。
ホテルに帰る前に、せっかくなので二丁目散歩。通りにあふれるオカマの多さに驚いてました。仲通りの交差点でモウシンと会った時、モウシンがママに「息子さんと15歳で付き合ったからこんなになっちゃったんですよー」と冗談で言ったので、「ごめんねー」とか返すのかと思ったら、「あらー15歳ならもう大人、アンタの自己責任よぉ」と返していたのに感動しました。

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バディ隊列で並ぶオバさん軍団

<日曜日/おまこ演奏会とレインボー祭>

日曜昼は、おまこのオーケストラの演奏会に二人で行きました。疲れてたけど、ソロありのおまこ一世一代の晴れ舞台だったので、オケにはあんまり興味のないブルもさすがに行こうかなと。
無料コンサートということで、ヒマつぶしに来たんじゃないかと思われる荒川区のオバちゃんなどに囲まれながら聴いたのですが、意外なほど楽しめました。クラシックの知識はブルも荒川区のおばちゃんレベルなので、分かりやすい選曲が良かったみたい。
おまこソロパートでは、モーニング着て、いつもと顔の違うおまこが紹介されて出てきたのでちょっとウケました。ママも拍手しまくる身内びいきなオバちゃんっぷり。

夜は、ノブちゃんとママの三人で夕飯を食ってから、レインボー祭りへ。早めに移動しておいたおかげで、ニクヨやエスムのショウ~花火までの流れを最前列で楽しませてあげることができました。エスムは、NLGRの時に素顔で(あまり変わらない)紹介済みだったんですが、初の女装パフォーマンスを見て「おもしろかったねー。マンボの歌もすごくいい! 私ああいう曲調好きなのよー」と喜んでました。ラテン系の音にアガル、オカマセンスなママです。

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レインボー祭にて エスムとママ エスム怖い…

<月曜日/隅田川下りとお台場>

当初の予定と違って、ママのオトコ(ブルが学生の頃からずっと付き合ってるけど籍は入れてないみたい)が上京できなくなったので、月曜日もママ孝行をすることにしました。お盆休みのおまことノブと4人で、『江戸東京博物館』に行こうと、両国へ。入り口まで行って休館日だと気づきました。ひいいい。でも、オカマだもん、へこたれへん!(辻元清美) すぐに近くの船着場に行って、隅田川の水上ボートに乗り込みました。

清んだ川(うそ)を見ながらお台場に到着。浜を散歩したり、アジア料理を食ったり、ソニーのサイエンスなんたらで、子供を押しのけていろんな実験をして遊びました。
フジテレビのお台場冒険王のほうは、衝撃的な行列が見えたので、「なんだありゃ…。こんなの冒険じゃない! アンタたちがしてるのは冒険なんかじゃないよ!」などと、大きなお世話の悪態をつきながら、あんまり人気のなさそうな日本科学未来館に行きました。

予想以上に高度な展示が多くて「ほら、岐阜名物のカミオカデン模型だよ! でもニュートリノって何?」などと話しながら、のんびり見物。ノブが見つけた、ショウジョウバエの性行動のビデオにアガりました。知らなかったんだけど、ショウジョウバエにはサトリと呼ばれる、メスに興味示さないでオスと連結合体したがる同性愛な個体が一定数いたんですねぇ。ビデオを見終わったママは、「これからアンタたちのことをショウジョウバエのサトリって呼んでやるわー」と言ってました。

そして新宿駅でママをお見送り。珍しく早起き続きの日々だったのでずいぶん疲れたけど、ママと仲良く楽しい日々が過ごせて、自分もうれしかったです。

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両国駅で、力士になってみました


自分がなかなかできなかった理由でもあるんだけれど、ともすれば心配に思わせてしまう肉親へのカミングアウトってのは、どれだけ自分が納得しているか、幸せに生きているかを伝えるケアが必要なことが多いと思うんです。

だから今回のママ単身上京は自分にとっては、とても大事にしたい時間でした。
ゲイがものすごい数いる存在だってこと、自分にはたくさんステキな友達がいるってこと、自分なりの意義を持って仕事や活動してるってこと、そして東京で楽しく暮らせてるってこと、そういうのをできる限り三日間で伝えることができたと思います。
そしてそんなケアなんていらなかったのかと思うくらい、けろっと楽しんでくれた、柔軟なママはやっぱりイイ女だなーと思いました。

カミングアウト論はいろいろあるだろうし、それぞれの事情で選択すればいいと思うけれど、やっぱりそれがうまくやれれば、こんなにお互い気持ちの良いことはないと実感してます。もっともっと簡単にそれができているオープンマインドなゲイ友も周りにいるので、ことさら自分だけが書くことじゃないんですが、逆に自分のように「迷ったあげく」ってのに意味があるような気がして、このことを伝えたいと思いました。

自分はそれまでの10数年より、ずーっとママと楽しく仲の良い関係でいられるようになったので、すごく満足してます。
きっとママも、前までの、どんな生活をしているかをちゃんと言わなかった自分より、今の自分のほうが良く思ってくれてるはず。だよね~?(恥ずかしながら、ママはこのブログ、読んでるのです)

パレードお疲れ様でした

皆さん、TLGP2006こと、パレードお疲れ様でした!

…いきなりですが、バディフロートの受けたトリプルパンチの言い訳からさせてください。
まず、工藤静香『嵐の素顔』の祈りが通じてしまったのか…(ウソよミッツ)、本当に嵐のような豪雨が直前に降りました。
おかげでフロートの一部が破損しちょっと寂しい見た目に。
さらに音響機材が突然死亡…。
その上、警察の血も涙もない判断で、全フロート上から人が完全に降ろされるという、悲しすぎるトラブルが連発のパレードになってしまったのです。


音響に関しては、豪雨の後に心配されての音出しチェックでは無事に鳴ったのが、よりによってオープニング後数曲分だけは鳴ってからいきなり壊れ、ノンケの機材屋さんもお手上げの壊れっぷりでした。
それと、フロートから人が降ろされたのは、数ヶ月前のノンケのサウンド系パレードで逮捕者が出たように、かなり警察の締め付けが厳しくなっていたことも関係したようです。

前半、それも、より人が多い晴れ舞台となる場所で、キャストの見えない無音状態でただ歩くハメになった皆さんには本当に申し訳ない思いでいっぱいです。
ミッツ&ゲブたんのショウやナイスバディ達のダンスが次々に披露されることになっていた、てんこ盛りのタイムテーブルが、完全にダメになってしまい、自分としてもくやしくてしょうがありません。朝から並んで楽しみにしてくれたバディ隊列の皆さんにちゃんとしたサービスができませんでした。


それでも、マイクパフォーマンスで盛り上げてくれたミッツ&ゲブたんや、音がないなりに自分達で楽しんでくれようとした皆さんの前向きなパワーのおかげで、なんとかつらい時間をやり過ごしてもらいました。

バディフロートがそれなりに救われていた点もあります。出発地点にフロートが着いていないのにバディ隊列に出発命令を出した警察官に交渉して、ギリギリでフロートと隊列がちゃんと組めたこと。
実は複数の他フロートでは、この合流がさせてもらえず、後ろに応援団が全くいない状態で前半2,30分を動くはめになっていたようです。それってホンットひどい話だと思うんですが。

それと、スタッフの中に警察事情などに詳しい人がいてくれたので、管轄エリアが変わったら再度乗車して対応を見る価値はあるということになり、このチャレンジが見事成功。後半では無事にキャストが復活できたということでした。そしてバディブースに残っていたスタッフに連絡し走ってもらって、急遽別方式での音出しにも成功。

おかげで!
後半は、予定の范文雀…じゃなくて半分弱とはいえ、キャスト完全復活&ヒットパレードが実現できました。ここからの盛り上がりは、後半エリアの沿道で待機していた人からすれば、バディフロートはすごく無事に盛り上がっていたとカン違い(苦笑)してもらえるくらいにステキだったそうです。


いろんな面でボロボロだったけれど、考えてみれば、豪雨にさらされたり、警察にキャストを降ろされたり、なんてのは、ゲイリブ的なものがいろんな障害にぶち当たっていく縮図だったのかもしれません。
豪雨の中のブース前でわざとずぶ濡れになって踊り狂い、みんなを笑わせてくれたゲブたんや、路上を歩きながら松田聖子をアカペラで唄ってくれたミッツが、すごく眩しかった。ビバ! キャンプ魂。
トラブルに怒ったり嘆くだけじゃなく、それを包み込んで逆手にとって楽しむくらいの気持ち、それこそが一番の、ゴール地点に向かう方法なのかもしれません。
もちろん反省点はいっぱいあるので、ベタですけど、これをステップに頑張るしかないと思っています。


パレードを作ってくれた、そしてもちろん参加してくれた皆さん、本当にお疲れ様です、ありがとうございました。

最後のACE

7/1は二丁目を代表するクラブ、ACEのファイナルパーティでした。

思えばUPPER CAMPはBar Delight~ACEとともにありました。
パソコン通信ネットUCのオフ会会場として借りたのが94年。
"CAMP '94"で、ブルボンヌやエスムラルダ、サセコはデビューしました。正確にはまだ女装名はなかったけど。
当事はまだあのマーガレットさえドラァグ・ネームというものがない時代で、「こんばんわ、小倉東です」なんて言ってゲスト出演してくれてました。男やん。

その後、毎年周年パーティをやるうちにUCはいつの間にかパソ通ネットから女装サークルになってしまいました。それもお笑い寄り。多分、生存本能に長けていて、自然とニッチなポジションを見つけたんでしょうね。

ACEになってからは隔月の定例イベント"CAMPY!"を開始。
ここでUPPER CAMPという女装ノリの全てができあがりました。
笑わせ系のショウ連発、へんてこテーマ&フライヤー、女装演劇、などなど…好き放題やってたなぁ。今思うとあれはクラブイベントとは言えなかったかもしれませんが、自分がやりたいことを全部やらせてもらったハコでした。

そして、自らオーガナイズし、脚本を作り、出演するという作業の繰り返しに息切れがしだして(女装アバレもあったし)、"さよならCAMPY!"をやることに。小石川が作ってくれたフライヤーは女装全員が死んでいるお葬式写真でした。
最後のショウタイムの後のMCで、ブルボンヌが「今日でCAMPY!は最後ですけど、こうしていろんな表現を作らせてもらって本当に楽しかった。ゲイは子供が作れないけど、その分、ほかのものをいっぱい作って与えていけるんだと思います」といつになくマジメに語った時に、ACEを作ったアキさんがひときわデカい声で「そうだ!」と答えてくれました。

レインボー祭りとその花火を生み出してくれたのもアキさん。自分はアキさんときちんと長話をしたことは一度もなかったけれど、本当に彼にいただいたものは大きかったと思います。


ACEは、二丁目に常設クラブを作りたいと思った、人一倍、夢と実現力を持ったアキさんが残したゲイ文化の玉手箱、強烈にゲイ魂のこもった場でした。
もちろん、ArcHにもその意志は引き継がれるものと信じていますが、その直系の空間が今夜終わってしまうというのは、本当にいろんな意味で感慨深いものがあります。

アキさん、まっちー、たつや、スタッフの皆さん、お疲れ様、ありがとうございました。

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ママ in NLGR

名古屋出張から帰ってきました。

ブハー疲れた。ゆうべは気づいたら12時間も寝ちゃってたほど。
4泊ずっとマツコ・デラックスと同じ部屋だったんで、エアコン18度攻撃とUMA鳴き声風イビキ攻撃でぐっすり寝てなかったせいだと思います。まあ、エスムラルダと3人で、毎晩睡眠時間を削ってゲイシーンや女装について語ってたのも大きいんですけど。


実は、出発の直前に、メッセンジャーで岐阜在住のママから「何してんの?」と来たので、「名古屋出張の準備。名古屋でゲイのイベントがあるの。なんなら来る?」と送ったら「イクイク!(カタカナじゃない)」と言うので、NLGR公式ブログのHPを貼り付けておきました。これで話が済む57歳って楽だわ。

約束通り、日曜の3時頃にバディブースのあたりにいたら、ママが現れました。
そのちょっと前には、ステージでは笹野みちるさんなどの感動的なライブをやってたんですが、偶然にもママ到着時は、趣味系女装の皆さんが縄で縛られムチで叩かれ「あぎい~」と奇声を発しているという出し物だったので、「母親にゲイイベントを初体験させるには、素晴らしくキワのワンシーンだなぁ」と感慨を覚えました。

ついでにもっとキワを見せてやろう、と思い、ブースの中で女装牢名主のように座っていた素顔のマツコを紹介。期待通り「おっ母さんスッテキ! わっかい!」とオネエ接客で食いつきまくってくれたので、ブースで売ってたマツコ著作の『週刊女装リターンズ』を買って、「由紀さんへ」とサイン入りでママにプレゼントしました。さらに、毎月作っているバディ本誌もついにプレゼント。前回の帰省の際には、自分のロングインタビューが載っていて、なおかつ、誌面は上半身な記事の多い『クィア・ジャパン・リターンズ vol.0』だけを渡していたので、バディ本誌は内容的にグンとドギツくなります。たまたまゲイビデオ大特集の号だし。一応「8割がたエロだけど、商売も大事だからね。お母さんも水商売だったんだから分かるだろう!」と念押ししてみました。


その後は、会場を廻りながら、業界知人友人の皆様をご紹介。マツコ・クミちゃん・Junchanとたて続けに「元同僚の~」という紹介だったので、「なんでみんな辞めちゃうのぉ?」と何度も聞かれて困りました。「い、いろいろあんの!」とあせる息子さん。エスムラルダとべーすけさんは、『クィア・ジャパン~』を熟読していたおかげで、ママのほうも知っていてうれしそうでした。そしてちゃんとテラ出版社長にもご紹介。

せっかくだからと、ステージで始まった、G.O.RevolutionのQUEENフレディ・ショーやべーすけさんのピアノ漫談、そして同性結婚式を一緒に鑑賞。フレディやピアノ漫談はかなり喜んでたようだし、結婚式みたいな厳かなのもまた別の一面として観ておいてもらって良かったと思います。
観終わったら、ママは一人で「じゃあねー!」とタクってさっさと帰って行きました。8月の東京パレードも観に来る気マンマン。カミングアウト半年後なのに見事な順応ぶりで、我が母ながら誇らしいババアです。



ただ、公園で座りながらゲイについていろいろ話していた時に、今回も「でも、どうしてそうなっちゃうんだろうねえ」と聞かれたので、「うーん、科学雑誌とかに載ってたこともあるけど、ハッキリとは分かんないし、生まれつきだと思うよ。多分、後天的じゃないから」と答えました。
「環境じゃないの?」と言うので「育て方や環境で変わるのは、むしろ、自分がそうであるという事実に対してどう振る舞うかのほう。だから、保守的な環境で、本当の自分を見せられずに、ゲイを必要以上に気持ち悪いって言ったりする人に育ったりするほうがずっとつらいことなんだよ」と答えました。

由紀ママと、東京のママおまこと、周りのステキな人達のおかげで、本当に幸せに生きられるように育てられてきたんですよ。

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広島『起点』の思い出

って二週間以上も経ってから書く俺様です。東京ジュピターの中では時間の進み方が遅いんだ!(ラーゼフォン)

5月2日、GW進行真っ最中。その上特集作業の要素を一部渡してないままに行ってしまった広島…。でもほら、クヨクヨしててもしょうがないから、帰るまでは仕事のことは忘れることにしましたイエーイ!

行きの新幹線はエスムばあさんが隣だったので、のっけからババア女装らしいしょっぱい話に花が咲く。やあねえ。
着いてすぐに、イベント前夜のスタッフ&キャスト決起集会に。かなり遅れちゃったけど、パーティで目立つためには基本の戦法だよね(違う)。ひさびさの広島スタッフから、全国各地のキャストさんまでが集まってワイワイ。向いの博多マッチョコンビLIFTの二人が意外と年齢いってて親近感ヒヒ。

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広島イベント皆勤賞のYASUTAKA&酔っ払い女装達

その後、さらにみんなで広島のバーを廻ってご挨拶、つうか汚く飲んで騒ぐ。なんと大阪から、講演の時もお世話になったやすべえ&のぶっちゃん、シンスケら5名のイケメンご一行様がブルたん会いたさに、ブルたん会いたさだけに(思い込み)駆けつけてくれた。初紹介のサセコがすぐにやすべえに擦り寄って気持ち悪い。

当日の昼間は、女装4人で広島一まずいお好み焼きを食おう!と意気込んで、お好み焼き屋の集合ビルみたいなところに行く。人気なさそうなところを選んだけど、意外と普通でつまんなーい。

その後はひたすらサセコやエスムとショウの練習。何せエスムとのショウは新作なのに全く練習ナシで広島入りしましたから。でも30分くらいで「こんなかんじでいいかなー」と、練習終わり。年取るといい意味でいい加減になるのねー。(絶対悪い意味のような)

そしていよいよイベント本番! 去年までのイベントとはつながりもあるけど、一応完全新規のパーティなのでどうなのかなーと思っていたけど、結局300名を越える大盛況。すげーわー。
ブルボンヌ&サセコもピンクレディーから入ってハッスルしました。モンスターの振り程度でよろめく老女装。エスムは生首飛ばすし、ゲブたんは妊婦ショウだし、つくづくfromTOKYOって付けちゃいけない4人衆です。
フォンテラちゃん、アンジェリカねえさん(今回年下だって初めて知った)というキレイどころがいてくれて本当に良かった。
あと久々に、MC中に生バージョンで「ということは私達…あブス♪ ブス♪ ブスのトーテムポール!!」を4人でやったり。ゴリ押しでウケて幸せでした。

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春の行楽を楽しんでるミーちゃんとケイちゃん

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破水が始まったマドンナさん

翌日はスタッフ&キャストでの慰安広島観光。みんなで電車に乗って、『ガラスの里』に行く。シャロン・ストーンの二番煎じコケ映画がうっすら頭をかすめたけど、全然近未来マンションではなくて、ほのぼのテーマパークでした。まずはみんなで「広島風お好み焼き体験教室」に。お手本役のババアが露骨に下手くそだったので、「あ、はみ出た!」とかいちいち突っ込んでみたり。オカマ20人くらいでキャーキャー言いながら作れてすげー楽しかったです。

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(左から)平野レミ、藤野真紀子、大山ノブ代、小林カツ代

さらに七宝焼き体験にもみんなで挑戦! こういうクラフト系ってすごい燃えるの。サセコと二人で広島のショウを記念して、ピンクレディーミラー作り。おっさん二人がちまちまビーズでMIEとKEIと書いている姿を見て、おばさん指導員が困惑ぎみでした。

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「また会えましたねー! ミーでーす」「ケイでーす」

なんか地下のクラブでひと晩じゅう、黒ミサみたいなパーティ(そんな渋くもない)をやった翌日に、同じ顔ぶれで、昼間のほのぼの観光地に行くって、すごーくステキだなと思います。振れ幅のバランスがいい。松山も毎年このパターンで幸せを感じてます。

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ヨーロッパを観光中のナイスミディマダム達。

いやー、広島楽しかった。イベント自体も盛り上がったし、意外にも「いつもバディ読んでます」みたいに分かってて話しかけてくださるお客さんもチラホラいて、個人的なやる気にもつながりました。こんなにいい思いさせてもらえる仕事があるなんて、まさしく長年女装やってたご褒美ですな。

オーガナイザの貴光ちゃん、ホンットにありがとうございます。スタッフ&キャストの皆さんもいろいろとお世話になりました。おっ疲れ様ー!
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