ゲイ雑感

ブログ Campy! オープン記念 サセ尻エリカさん舞台挨拶

ごぶさたしております。
実は10月頭から、こっそりブログ"Campy!"つうのをオープンしてました。

オープン記念で、サセ尻エリカさんがご挨拶をしてくだすったので、告知させていただきます。

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↓今すぐクリッコ
http://www.campy.jp


今んとこ、毎日1エントリーで頑張ってますので、お気に入り、できたら、超お気に入り(そんなものはねえ)に追加してください。
そして、マイミクさんや、どこかの馬の骨にURLなどを教えてあげて、お友達もきれいにしてあげましょう。


今後の記事は、ブログ Campy!のほうに載せることになると思います。何人かの持ち回り投稿ですが、毎日1本は何か掲載されてる予定なので毎日見てください。日課に加えるといい。

Campy!での出演や寄稿など何か一緒におもしろい表現ができそうな方もお待ちしておりまーす。

そこに愛はあるのかい(長文)

江口洋介ってどうも好きになれない俳優なんですけど、このセリフはものすごく気にいってます。野島伸司は『世紀末の詩』を筆頭に、愛にまつわる寓話的なメッセージを多く発していたステキな人でしたね(過去形ひどい)。


ひとつ前の日記の「新木場ホモ狩り事件」。当初は、mixiのニュースについてのコメント日記、つまりほとんどノンケの反応についての反論を書いたつもりでしたが、その後いろんな人の日記などで、ゲイ自身の側も想像以上に、被害者の行動の是非のほうに論点を求めていることを思い知りました。
(※ところでノンケと書くとまるでノンケ全てを指しているようですが、もちろんそういう日記を書いたノンケのことです)

mixi日記のパターンとして自分の日記にコメントをつけてくれている方々は、同意してくれる人が多いのでむしろ励みになったんですが、現実を見渡すと、ノンケという9割がたの広大なエリアのみならず、ゲイのエリアでもけっこうな割合で被害者自己責任論が展開されているようです。

自分の意見は前の日記と変わらないんですが、補足的に、ぼせくんの日記がいい例え方してくれていたので引用させていただきます。
「これが、【近隣住人による同性愛者への抗議…「私たちの公園を返して」】みたいなニュースだったら、話は大きく変わるんだろうな」

そういうことなんです。
こういうトピックなら、素直に「オマンコ狂い人間(違う)性に奔放なゲイ達の行動について戒め込みで考える」という話題でいいんですよ。
その時はブルたんも「あーん戒めなきゃー」なんて縮こまりながら聞く気にもなります。

実際に既に重傷を受けている人間がいるのに、その罪よりも、そこにいたった行動のほうを問題にするのは、お願いだから別の機会にやってほしいんです。
日本語的にも「強盗傷害犯がやったことはひどいことだが、被害者もどうかと思う」 と書けば、国語を学んだ人なら(イヤミ)それが「強盗傷害犯がやったことはさておき、被害者の罪をクローズアップしたい」に近くなるメッセージ発信だと分かるはずです。せめて「被害者も愚かだったけど、強盗傷害犯は本当に許せない」という語順で書いてほしかった。



今から15年ほど前、まだブルたんの顔やケツがプリップリだった頃に、当時付き合っていたオトコが「血液製剤でHIVに感染した人はかわいそうだけど、性行為で感染した人は自業自得のやつらだから同情の余地はない」という意見を言って、大ゲンカになったことを思い出しました。

「自業自得」なんて、人に言われるまでもなく本人がとっくに思い知ってるんじゃないでしょうかね。殴る蹴るの暴行を受けてボロボロになっている人間なら、身体じゅうの痛みが、そしてHIVポジティブなら、不安との葛藤の日々や薬を飲む煩わしさなどが、「自分の甘さ」に対してもう十分だろうというくらいの「つらい思い」を与えているって想像できませんかね。
なぜ、何の損害もこうむっていないはずの見ず知らずの人間が、「お前が甘い、悪い」と追い討ちメッセージを発信する必要があるのでしょう。
もしかして「そんなやつらがいるから、同じゲイとして迷惑」という損害なんでしょうか。それって、ゲイパレードの女装や露出マッチョを貶める発想に逆戻りですよね。


もちろん、社会運動的な効率の良さを求める際には、場を選んでしたたかに「現状では、性に奔放なゲイ達がいるのも事実で、それには眉をひそめております」と言うのはアリですよ。自分も場を選べばそういう演技もしたいくらいです(キャリアウーマン風メガネとかで)。ゲイリブのうち、対ノンケゾーンの、公正明大さと建前で動くエリアでは、それに見合った戦略も必要ですからね。

でも、ゲイtoゲイの本音のエリアでさえ聞かされる、「今回の件における被害者自業自得論」には、心底ガッカリするのです。


男性ゲイの性が奔放なのは、疑いようのない事実です。ブルたんの愚息もウンウンとうなずいています。
でもそれはゲイという人種が生まれながらに腐っているのではなく、社会的な状況の中で生まれた傾向じゃないですか。性衝動の強い「男性」同士だからヤリまくるし、少数派だから誰かとつながりたい気持ちいっぱいですぐにくっついちゃうし、どうせ日陰モノだから変態行為に踏み外しやすいし、社会単位に認められていなくて生きがいも得にくいんだから刹那主義になる傾向が強いんです。そういう事情を真っ先に汲み取ってあげられるのは、同じゲイくらいじゃないですか。

その諸問題から自分を律するのは立派だと思うし、やれる人からどんどんやってほしい。自分がそうしたいと思うなら貞操体つけるのも大賛成です。鍵を預かってもいいです。
でも律し切れていない他のゲイを貶めることで、自分が律していきたい気持ちの表明に変えるのはちょっとずるいと思います。愛情ゆえの厳しさ、というなら、まずは愛情をイヤッちゅうほど見せてほしい。


「人なんてみんな違うから、人はしょせん一人」という人の宿命を前に、それでもなんらかの属性でつながろうとするのが多くの人間です。
生まれた地域や血縁などの物理的な属性が幅をきかす中で、ゲイ・コミュニティというのは、愛と幻想をつなぎにした心の国なんですよ。

もちろん自分だって日々そんな薄ら恥ずかしいことばかりを言うつもりはありません。というかむしろ「あのクソブスまじムカつくのよー」とか言ってる日のほうが多いです(ホントに)。
でも、マジメな話をしようって時に出てくる言葉に、愛や優しさが感じられなかったら、それはゲイ・コミュニティにこだわった仕事をして生きている人間には、本当に悲しいことなのです。ぶっちゃけ、そのへんもう慣れたつもりだったけれど、今回改めて痛みを覚えたので、こうしてしつこく書かせていただきました。痛みを乗り越えてやり続けるには、まだまだ拡張しなきゃいけないのかなぁ…。


ハローベイビー
優しさって
無限に続く愚かなほどの優しさって
いつかは愛にたどり着くかな
(『世紀末の詩』より)

野外露出と強盗傷害は、どっちも同じ悪いこと?

Yahoo!やmixiで配信された時事通信社のニュースです。

同性愛者襲い、現金奪う=「届けないと思った」-高校生ら4人を逮捕・警視庁

野外系は廃れたと言われつつもしっかり続く露出ハッテン。
んで、「後ろめたいことをしているゲイなら届け出もしないだろう」といういやらしい発想からの強盗傷害事件です。

このテのニュースになると、公序良俗に反する野外露出ハッテン行為も一般的に「悪い」ことにはなるわけなので、一部のゲイすら含めて「強盗傷害なんてひどいけど、被害者もどうかと思う」という感想になりがちです。
実際、このニュースに関するmixi日記を付けているノンケの皆様の大半もそんなかんじでした。


でもさ、自らの変態欲求のために、ハッテン目的(か強盗傷害目的)の人しかいないであろう、夜の郊外のハッテン公園で全裸徘徊をすることと、マイノリティの後ろめたさに付け込んでわざわざそういうエリアに乗り込んで、4人で「重傷」負わせるまでボコって金奪うことを、「同じ悪いこと」って語るのはどうよ。

被害者にあるのは「変態性」であって悪意ではない。夜のハッテン公園を選んでいる時点で、基本的にはノンケに見せて不快感を与えようともしていない。
正当なオシオキがあるとすれば、マッパをマッポに怒られ始末書書かされるとかそういう程度のことであって、悪意に満ちた高校生4人に強盗傷害を受けることではないだろうて。


ところが、夜の公園を裸で徘徊という、ノンケには異様なイメージが伝わる情報がくわわるだけで、強盗傷害という圧倒的な悪行はおいといて、被害者側の謎さのほうに焦点がずれちゃうのですね。

重傷受けて金とられて、その上ニュースを読んだ事情知らずのノンケ達に「お前のほうも変態で悪い」くらいのことを言われなければいけない露出狂さんが、本当にかわいそうです。

恋バナ

こないだ、仲の良いヤツのつらい恋バナを酒飲みながら聞きました。
かなり長い付き合いなんだけど、今までになく感情むき出しで良かったなぁ。
イヤな方向じゃなく心をさらけ出した状態ってのは、愛らしい姿ですよね。

すぐ隣にノンケカップルとかいるのに、セックスとかチンポとか叫びまくりながら感情を吐露していたので、まあ自分以外にとっては迷惑だったかもしれませんが。


恋愛において、想いが強い側と冷めてる側では、強い側が一般的に「負け」とされるし、自分も言葉としては「アンタ完全に負けてるわ…」と評するんですけど、恋愛の旨みという意味では、それは逆転するんじゃないでしょうか。

冷めてる側は、後ろめたさや申し訳なさや(ぶっちゃけ)面倒臭さは味わえても、それは恋愛らしい豊かな感情とはちょっと違う。
「いくら没頭できてるって言っても、こんなつらい感情はイヤーッ」とその最中は思うのは、経験からも分かるんですが、実際に今たいして恋愛感情が動いてない俺様(クールビューティ)からすると、恋で心がワヤクチャになってる姿は、うらやましくすらあります。
あんなに「つらさ」で乱れられるってことは、その分、次の「幸せ」もバカみたいに謳歌できるはずだもん。


個人の脳内での相対的な感覚でしかない以上、本当の意味での比較はできないのは承知してますが、「たっぷり傷つき悩み泣き、たっぷり喜び癒され笑う」というのはやっぱり人生が「感情と記憶の歴史」である以上、旨みのある有り様ですよね。
ストーリーでも、世に言う名作というのは、たいていこの振り幅がでかいものばかりです。

君が今感じている喪失感は、その分たくさん得られた証。
そうしてどんどん器を大きくしていけば、いつかビックリするような大きなモノがズッポリ入ることでしょう。



昨年あたりから友人知人が続けて亡くなっているんだけど、本当に、もうそんな流れは止まってほしいですよ。みんなマイナスのピークをなんとか乗り切ってくれないかなぁ。

ギリギリでいつも生きていたいから

写真家の冬陽さんが亡くなっちゃいました。

ブルたん、別冊宝島『ゲイの学園天国』の巻頭グラビアモデルなんですけど、その時のカメラマンが冬陽さんでした。13年くらい前の話なので、服装的にも相手役(おまこ)的にも、今見るといろんな意味でこっ恥ずかしい写真ですけど、まさしくゲイ業界にいろいろと関わっていくその後の人生を象徴していたものかと思います。
冬陽さんは、ひょうひょうとした口調でリラックスさせてくれて、楽しく撮影できたのを覚えています。

その後、バディ誌面でも冬陽さんは活躍されてましたけど、自分は担当になることがなかったので、まあ飲み屋や仲通りで挨拶するだけの関係でした。でも、あのちょっと軽い雰囲気とか、若い子撮ってついでにいじったりしてそうなところとか(あくまで想像)、まさしく「ちょいモテオヤジ」のイメージで、日頃から高田純次の無責任さが目標の自分としても、かなりいいところにいる年上オカマでした。
ちょっと早かったと思うんですけど、十分にステキなゲイライフを送られたんじゃないかと勝手に想像しています。


名古屋の酒井、女装名プリンセスめい子も亡くなっちゃいました。

オカマ魂が20代以下はどんどん希薄になっているとババア達が危惧する昨今ですが、それがこのまま止まらないとしたら、ある意味最後っ屁にあたるのが自分も含まれる30代組。その中でも、めい子は本当にすごい女でした。

とにかくパワフルで、かつ幅の広い活動だったと思います。ゲイのクラブシーンがなかった名古屋に、ダンスヘブンを立ち上げ、ゼニスを作って、ゴーゴーやドラァグ達を育てて…。もちろん東京大阪にもそれぞれクラブシーンの立役者はいるけれど、めい子はあの土地で、一人際立っていたし、シーン作りという使命感を自覚してやっていたのが印象的でした。

うちの社長の周りにいる人達は、当然経営者、商売人的な人がほとんどなので、ライトリブ&メディア畑出身の自分は挨拶どまりなのが普通だったんですが、めい子だけはすぐに仲良くなれた気がします。それは経営者でありつつ、ゲイシーンへの愛と、もの作りの意欲に溢れた人だったからだし、その気持ちを照れずに常に周りに叫んでいたからだと思います。
めい子は、毎年のようにUC周辺のお笑い女装をごっそり名古屋まで呼んでくれて、場を用意してくれました。出不精でめんどくさがりのオカマが名古屋のシーンに多少なりともつながっていられたのは、本当にめい子あってのことです。
飲み屋街とゲイタウン、経営者とパフォーマー、リブとエンターテイメント、彼のようなオープンな心の人だからこそ、本来つながりにくいものの間に入ってつなぐことができたのだと思います。


その素晴らしく前向きな活動の中で、彼が抱えていた重みを考えると本当に切ないです。逆に言えば、彼の死は日本のゲイシーンの移り変わりの中で、あまりにも象徴的な出来事でした。

なんだかこの現実を思いつめると腐ってしまいそう。


でも、ギリギリでいつも生きていたいから。
ここを今飛び出して行くしかないんです。
この嘆きを未来へのステップにね。

ってまんま、KAT-TUNで締めるアタシ。
こんな風にすかすことで生き長らえてきました。
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